超人の物語

自分はできる人間である

自己認識を正確にすることは大事ではあるが、修正することも難しい領域

そうであれば、自分はできる人間だと思い込むことの方が、原因を自分の性格のせいにしなくなり、改善に繋げられます。

失敗の原因は性格以外である

少し極論ですが、行動の総和が性格であり、性格が現実に影響を及ぼしていません。

自分は泣き虫な性格だと思っているとしましょう。
それは、過去に感傷的になって、泣く回数が多いから自分は泣き虫だと感じているにすぎません。
他人と比較すれば、感傷的になりやすい体質、涙を流しやすい体質というのは存在します。
「自分は他人と比較して泣きやすい体質である」これは事実です。簡単には変えられません。
「自分は泣き虫である」これは過去からの推論で、自分を勝手にラベリングしている言葉です。

自分が泣き虫だというラベリングは、悪さをしません。
感傷的な自分を自覚できて、むしろ良い方向に働くラベリングかもしれません。
感傷的な自分を自覚できたのなら、刺激の強いことを避け、気持ちがいっぱいになる前に行動を起こすきっかけになります。

ですが、自分は運が悪いというラベリングの場合はどうでしょう?
こちらも、良い方向に働くことはあります。
自分は運が悪いから、宝くじを買うのをやめよう。堅実に生きよう
自分は運が悪いから、気を引き締めて生きようなどです。

運が悪いと考えることにはデメリットもあります。
自分は運が悪いから、この失敗は運のせいに違いない
自分は運が悪いから、新しい行動をしない方がいい
こういう思考は大きなデメリットです。

自分の認識が正しいかを考え直す

あなたが運が悪いか良いかなんて決められません。
自分の過去が運が悪いことを強く意識して、勝手に自分が運が悪いと思っているだけです。
そもそも、日本に生まれてきただけで幸運です。
もし、自分が運が悪いと考えているならば、その認識は間違っていると断言してもいいかもしれません。

なので、あなたが運が悪いと感じているのは、なんの根拠もない主観です。
「自分は良い結果よりも悪い結果を覚えやすい脳を持っている」
これは事実かもしれませんが、自分は運が悪いは認識が間違ってるかも?と疑う余地があります。

自分は、できる人間であると決め打ちする

自分の認識を正しくすることは、重要なことです。
ですが、それができたら苦労はしません。

そこで提案したいのは、自分ができる人間だとラベリングすることです。

自分は運が良いと決める
自分は可愛いと決める
自分は勉強ができると決める
自分は優しい人間だと決める

これらのラベリングにも、メリット、デメリットの両方は存在します。
「自分は可愛いと決める」ならば
メリット:自分はかっこいいから、もし告白に失敗しなならば、それは行動の問題であり、容姿の問題ではない。
デメリット:告白の失敗が容姿の問題である可能性を考慮できない。

「自分は勉強ができると決める」ならば
メリット:自分は勉強ができるから、テストの点数が悪かったのは、先生の教え方のせいだ。自分の努力が足りなかっただけ、努力の方向が間違っていただけだ。
デメリット:自分は他の人と同じ努力をすれば、いい成績をとれると勘違いする。勉強しなくても良い成績をおさめられると考える

自分は良い方の人間だとすることのメリットとデメリットを比較したときに、メリットが上回ることが多いです。
なので、自己認識が正確にできないときは、自分は良い方の人間だと思う方がいいでしょう。