なぜ機嫌が悪くなるかというと、自分の許容量を逸脱しているからですね。
対処するには
・許容量を増やす
・許容量も逸脱しても許せる状態をつくる
といいです。
自分の許容量を超えると苛つく
人は、自分の許容量を超えること、想定外のことに対して苛つきます。
できるに決まっていること、できるべきと考えていることが出来ない人を見ると苛つきますよね。
こんな簡単なことが何故できないんだ?
同じミスを何度繰り返すんだ?
それは、あなたが勝手に、それを簡単なことだと決めつけていっるだけですし。
同じミスは何度もしてはいけないというのも、あなたの価値観であって、他の人には当てはまりません。
器を大きくするにも限度がある
許容量(自分の器)が大きければ苛つかない、小さければ苛つくということは分かった。
じゃあ、許容量を大きくするようにしたらいいのではないか?という発想にまずなります。
これは、正解です。
自分の許容量は大きくあった方が得ですし、大きくする方法もあります。
ですが、許容量にも限度があります。
朝食を例にとってみましょう。
朝はパンしかありえない(許容量が少ない人)
朝食は何でもいいよ(許容量が多い人)
朝食に白飯がでてきた場合は、許容力が少ない人は、怒り出し
許容量が多い人は、怒らないことでしょう。
では、朝食にうんこがでてきたらどうでしょう?
朝食は何でもいいよ(許容量が多い人)という人は、怒らないでしょうか?
「なんでもいいとは言ったが、限度があるのではないか?」と怒り出す、または苛つきだすことでしょう。
これは、極端な例にはなりますが、自分の許容量を増やすという手段にも限度がでてきます。
「想定外は楽しい」という物語
私たちに取れる手段の2つ目は、想定外を楽しむということです。
朝食にうんこがでてきても、「面白い」と考えればいいです。
朝食にうんこがでることは、あなたにとって想定外ですし、あなたの常識とはかけ離れた行為です。
あなたに対する、侮辱もはいっているでしょうし、攻撃する意思が限りなく含まれていることでしょう。
そこで、あなたが「想定外は楽しい」という物語をもっていたら、どうでしょう?
我を忘れるような怒りは湧かず、相手の行動をユーモアとして捉えられる部分がでてくることでしょう。
・朝食は食べられるものを提供するのが当たり前
・相手には、尊敬の念をもって接するべき
・相手を攻撃してはいけない
どれだけ、許容量が大きい人でも、こういった良心のコンパス、原則的な価値観を変えることは難しいでしょうし、変えた方がいいとも思いません。
想定外のこと、自分の許容量からはみ出たものに対する、自分の感じ方、行動を予め決めておくのが、平穏のコツでしょう。
